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Teikyo Lab.

経営哲学で「福祉」のあり方を考える

経営哲学で「福祉」のあり方を考える

経済学という学問領域に哲学という視点を加えた経済哲学を専門とする後藤玲子教授は、
経済合理性が優先される世の中における「福祉」「正義」「平等」のあり方を探究。
最新の研究では、「ケイパビリティ(潜在能力)?アプローチ」をキーワードとして、
実際に都市に住む人たちのフィールド調査を実施し、
個人のケイパビリティを高めるための公的福祉の方法を検討している。

「利益の最大化」に隠された
経済学の危うさを指摘

経済学では、人間(個人にかかわらず、企業や国家まで含む)の行動は「自身の利益の最大化のためである」という前提に基づいて、さまざまな現象を分析する。その前提によると、人は賃金や評価といった自己利益を最大化するという合理性のもとで働いていることになる。とても本人の利益につながらないように見える人助けなどについても、「いつか自分に返ってくる」「世間の評判が上がる」という風に、自己利益に還元されると無理に理由づけして合理性を保っている。

「しかし、利益最大化という一元主義(モニズム)を前提とする経済学には、人や社会に関する人びとの基本的な考え方に悪影響をおよぼすおそれがあります」と、経済学部経済学科の後藤玲子教授は指摘する。考え得る悪影響として、よく学生に話す例え話をしてくれた。

後藤玲子教授
後藤玲子教授

1つの玩具を目の前にして、手を出せずにいる幼い兄弟がいるとする。先に手を出したのは兄。弟は「ずるい」と声を挙げたが、兄に「自分はどうしたかったの?」と聞かれて、悩んだ末に「僕は譲ると思う」と答えた。その答えを聞いた兄は「じゃあ、お前の思った通りになったのだからいいじゃないか」と言って弟は納得させられてしまった。

「弟は『自分以外に玩具が欲しい人がいたときにどうすべきか』を考えてなかなか行動できなかったのですが、兄に『それがお前の利益だ』と諭されてしまいました。人には、この弟のように『どうすべきか』と『欲する』の間の葛藤があるはずなのに、利益だけを行動原理にしてしまのが一元理論です。私が危惧するのは、このような経験をした弟が次に同じような場面に遭遇したときにどんな行動をとるか。悩むくらいなら最初から取ってしまえと考えるかもしれません」(後藤教授)

「働かない者は怠惰でずるい」と
言わせてしまうインセンティブ理論

後藤教授の著書の写真
後藤教授の著書たち。「福祉」や「正義」といったテーマを中心に取り組んでいることがわかる

後藤教授が専門とする「経済哲学」は、経済と哲学の重なり合うところを出発点として現実世界を分析する学問領域だ。ベースとしているのは、『正義論』を提唱したジョン?ロールズや、「合理的な愚か者(rational fools)」という言葉を用いて経済合理性だけでは人の行動を説明できないと説いたアマルティア?セン(1998年ノーベル経済学賞受賞)らが提唱する考え方。そこから分析したものを学問的に定式化するとともに、現実に生かすことを目的としている。

後藤教授がフォーカスしている研究課題の中には、現在の経済活動やグローバル経済に対する懸念もある。例えば、人は自分や家族を養うために、できるだけ多くの賃金所得を得るために働くので、報酬をもらうことがインセンティブ(やる気)になっているという側面。インセンティブ理論と呼ばれるこの考え自体は、自己利益の最大化という経済合理性と合致している。

しかし、報酬というインセンティブを当然とする世の中では、「福祉国家は人を怠惰にする」という考えが根強い。福祉の支援を受けている人がいると、「一生懸命働いている自分は損している」「ほかの人間も同じように働くべき」という不公平観を盾にした怒りの感情が湧いてくる。この部分を切り崩すことが後藤教授のチャレンジの1つだという。

教授室の書架の写真
教授室の書架には、研究対象であるジョン?ロールズ、アマルティア?センをはじめとした偉大な経済学者たちの著書が並ぶ

日本人にとって身近な日本国憲法には、その解決の糸口があると後藤教授は話す。「日本には幸福追求権を保証する憲法13条、生存権を保障する憲法25条があり、それらを背景とする生活保護という素晴らしい制度があります。加えて憲法29条で認められた財産権によれば、自分の財産を自らの意志で人に与えることができるはずです。これら日本国憲法の13条、25