- 未来に新たな文化を築くための環境構築 -
女性医師?研究者支援センター センター長 冲永寛子
東京大学医学部医学科卒業。博士(医学)、医師。東京大学医学部附属病院腎臓?内分泌内科を経て、帝京大学常務理事?副学長?医学部教授。日本内科学会、日本内分泌学会、日本糖尿病学会、日本甲状腺学会などに所属。
本学は、2013年4月に「帝京大学女性医師?研究者支援センター」を設立しました。設立の背景には、WEF(世界経済フォーラム)によって毎年公表されるジェンダー?ギャップ指数から読み解ける明らかな男女格差や、長年伸び悩む日本の研究者に占める女性比率に対する問題意識があります。2019年に総務省「科学技術研究調査」から公表された日本の研究者総数に占める女性研究者の比率は、16.6%。日本における過去最高値であるものの、14.4%であった2013年からわずか2.2ポイントしか増加しておらず、女性比率が30%を超える米国や英国と比べるとその差は明らかです。
本学でも、助教や講師の女性比率は30?40%であるのに対し、准教授や教授になると10%台にまで下落。特に医学部の教授となるとその比率は10%未満まで減少します。言い換えるならば、未来において目覚ましい社会貢献を成し遂げたかもしれない偉大な研究や研究者の可能性が消失してしまっているのです。これは未来における大きな損失です。この原因を可視化し、解決するための仕組みを構築することが、まさしく女性医師?研究者支援センターの役割なのです。
女性は結婚、特に妊娠?出産?育児、近年では親の介護とライフイベント期において、体力的にも時間的にも多くの労力をこれらに費やしています。研究者の場合、研究や教育?診療に没頭してきた時間を減らさざるを得ません。本センターでは、女性研究者の可能性の最大化を制約しているものは大きく2つあると考えています。それは、日本において、これまでの経済生活のあり方によって強く既定されてきた「長時間労働」のスタイルと「男女の性別役割分業」の思考です。私たちはこの問題に対し、以下の3つの側面から新たな環境構築に取り組んでいます。
1つ目は、「時間」を生み出す「制度」の構築です。本センターでは女性研究者が育児や介護によって研究に費やせない時間を補うために、研究活動を補助する人員を配置する「研究支援員制度」や、職場を離れられない場合に保育施設に預ける料金を補助する「保育施設利用補助制度」、ベビーシッターを利用した際の利用料を補助する「ベビーシッター割引券発行事業」を2013年から実施しています。これらの制度は、利用状況と結果の振り返り?調整を重ねることで、より多くの人が利用できるよう常に改善に努めています。
2つ目は、「時間」を考える「教育」です。研究者が人生におけるライフイベントをつつがなく過ごしながら研究生活を継続するためには、自分自身で将来を見据えてマネジメントする力を身につけなければなりません。そのための第一歩として、医療系の学部が集約されている板橋キャンパスでは初年次教育に「医療界のワーク?ライフ学」という授業を開講し、性別にかかわらずこれからの長い職業生活と家庭生活について考える授業を導入しています。また、すでに研究生活を歩み始めている研究者に対して、分野をまたがって相談者をマッチングする「メンター制度」、出産?育児に特化した情報提供?相談を受けつけるピア教員の「ワーク?ライフ?バランス コンシェルジュ教員」を配置し、女性自身の意識を育てるための、個人に寄り添ったキャリア構築の教育に力を入れています。
そして3つ目は、「時間」を共有する人同士が協働できる「風土?文化」の醸成です。本センターでは、ライフイベントやハラスメント対策などの働きやすい職場環境をテーマとした「セミナー」の実施や「FD?SD※」に女性の登用や男女協働を取りあげ、女性の研究者のみならず男性研究者を含め、すべての研究者が協力?協調しながら研究?教育に携わることのできる環境構築をめざしています。これらの活動は、本センターの運営委員会を兼ねる「男女共同参画推進委員会」の4つのワーキンググループ(意識改革、環境設備 、教育?研究力向上、女性比率向上)によって1年かけて企画の検討?実施?振り返り(PDCA)が行われ、結果は学長に報告されます。そして、3年に1度その結果をまとめ「男女共同参画についての学長提言」として全学に向けて発信することで、本学の男女共同参画の進行状況を報告するとともに新たな目標の可視化につなげています。
こうした取り組みは、本センターの「女性の潜在能力を最大限に引き出し、女性の社会的役割と両立させながら質の高い研究活動が生涯にわたって行えるよう、女性医師ならびに男女問わず全学の研究者の人材育成をめざして活動する」という理念のもとに実施されています。「長時間労働」のスタイルと「男女の性別役割分業」の思考は、決して女性だけを制約する問題ではなく、性別や職業にかかわらず人びとの働き方?生き方に影響を与えています。本センターでは毎年「ニーズアンケート調査」を行い、女性?男性を問わず、専門分野や職位、年齢によって見えてくる「ニーズ」の声を、センターの取り組みに生かす仕組みを築いています。
また、本学は女性研究者の増加や研究環境設備の知見を集積し全国に広げるために、文部科学省と連携して女性研究者を取り巻く研究環境整備や研究力向上に取組む諸機関をつなぐ「全国ダイバーシティネットワーク組織」に参加しています。女性が働きやすい職場は、男女ともにワーク?ライフ?バランスを実現できる環境に通じるため、複数の大学が連帯を図り知見を共有することは「女性支援」の普及だけでなく、ダイバーシティ(働き方の多様性)推進につながるのではないでしょうか。本センターに限らず、女性の働き方に関する取り組みが、日本全体の意識と働き方を引き上げ、そのひとつひとつが持続可能な社会実現につながることを期待しています。
SDGsがめざす「持続可能な世界」とは、すべての人に対し、その人の持つ個性?能力が尊重され、社会生活においてその人固有のミッション実現をめざせる社会であり、隣人や世界の人とともに協力?協調しながら暮らし続けることのできる、安全?安心が持続する社会だと考えています。17の目標は、それぞれが各分野に特化したものでありながら、相互に関連しているため、そのほかの目標とコラボレートしながら進めていくことが重要です。中でも、5番の「ジェンダー平等を実現しよう」は、すべての目標実現を支える重要なキーワードではないでしょうか。人口の半分を占める女性の発想や、女性の一生を通した働き方を考えることで、文化や社会背景の異なる人、特に弱い立場に置かれている貧困国の女性などへのまなざしが生まれ、自ずとSDGsが掲げる「誰ひとり取り残さない」というゴール実現をより確実なものにするはずです。
本センターが取り組む課題解決に向けた環境構築のプロセスは、途上国のジェンダーによる差別や、貧富の差を解決するための制度や仕組みづくりに対しても、有効なアプローチになり得ます。制度づくりや制度が機能するための情報の集約、検証と改善、システムを普及させるための組織やコミュニティの形成と意識改革。世界中で課題解決が求められる現代だからこそ、「研究」による知識の刷新と「教育」による人材育成といった役割を持つ高等教育機関である「大学」が本センターのような活動を行う意義があります。私たちは、より多くの女性研究者が活躍できる期間と時間を増やすことで、持続可能な世界の実現に貢献し社会の新たな可能性が拓かれていくことを確信しています。