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活動レポート
活動レポート

TEIKYO SDGs report多様な働き方と労働者の健康に挑む

- 社会を診て人々を健康に変える、公衆衛生 -

3 すべての人に健康と福祉を8 働きがいも経済成長も10 人や国の不平等をなくそう16 平和と公正をすべての人に

3 すべての人に健康と福祉を8 働きがいも経済成長も10 人や国の不平等をなくそう16 平和と公正をすべての人に

井上 まり子?先生の写真 

帝京大学大学院公衆衛生学研究科 准教授 井上 まり子

ミシガン大学公衆衛生大学院修士課程(MPH)修了後、フィリピンにて国際協力の仕事に従事。その際に経験した不安定な労働者の健康問題が契機になり、研究の道へ。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了後、2008年から帝京大学にて教鞭を取る。国際労働機関(ILO)の客員研究員などを務め、2016年より帝京大学大学院公衆衛生学研究科の准教授となる。公衆衛生の中でも健康の社会的決定要因に注目した社会疫学を専門にしている。特に、非正規雇用者をはじめ、新しい多様な働き方の労働者の健康と安全の研究に注力しながら、社会全体における労働者の健康課題に取り組む。

このレポートを要約すると...

  • 公衆衛生学は極めて幅広い分野を網羅しているが、フォーカスしているのは「人々の健康」である。
  • 健康は、治療だけではなく予防も必要。健康に影響を与えるのは、遺伝的要因や生活習慣などの個人的要因だけではなく、健康の社会的決定要因が関係している。
  • 新型コロナウイルスによるパンデミック以降、そして、第4次産業革命といわれる現在、世界的にもギグワーカーやクラウドワーカーが増加して働き方がますます多様化しているが、産業衛生状況の把握が追いついていない。
  • 日本においては、中小企業、個人事業主や自営業など、産業衛生に関するセーフティネットで救いにくいという歴史がある。
  • 複雑化する社会に対して、国内外ですべての人を取り残さない産業衛生の支援は対策が急がれている。
  • 現在、社会的要因を把握しつつ、彼らが置かれた現状を分析し施策へつなげる試みが行われている。
  • SDGs的にも、先進国、途上国のみならず、働く人の健康と衛生環境は重要なテーマである。
  • 日本における産業衛生課題の解決は各国に応用できることから、世界の公衆衛生レベルを向上させる一助となりうる。

変化する社会を診る

公衆衛生は、「公衆の生を衛(まも)る」という言葉から来ています。人びとの生命、生活、生きていることを守るのが専門です。人々の命を守る場は、病院などの医療機関が最も注目されて、実際に重要な場であるのですが、それだけではありません。安全な環境づくり、医療へのアクセスを支える法律や保健医療制度、正しい知識の提供など、社会の多様な取り組みが人びとの健康を守っています。公衆衛生は、「人びとの健康」にフォーカスし、健康を取り巻く社会課題を把握し解決方法を模索する学問だといえます。ゴミ問題や、感染症対策などがわかりやすい事例として挙げられますが、歴史は古く、人類はさまざまな叡智を蓄積してきました。たとえば、ウイルスや細菌が発見されていない古代ギリシャ時代にも、水や環境が重視されました。英国のコレラの感染を止めた疫学の父、ジョン?スノウも、コレラ菌が発見される前に疫学の力で井戸の水に原因があると突き止め、感染予防に貢献しました。その他国内外問わず、有史以来幾度となく起こったパンデミックへの対応はその一例です。日本では、大仏造営に用いた水銀による職人たちの金属中毒や公害からの教訓が知られます。母子保健や感染症の予防による乳幼児死亡率の低下なども顕著でした。現代では、生活習慣病や経済環境の高度化によるストレス、近年の新型コロナウイルスに至るまで、多くのことが研究されています。また、医療経済的な観点や、わかりやすい健康のためのメッセージの発信など、公衆衛生が活躍している場はいたるところにあります。社会は複雑で、人種も出身地も多様であり、法人や個人をはじめ、無数の関係性に彩られています。どこかで技術が進化すれば社会も急速に変容します。その度に、公衆衛生もまた進化し続けているのです。

あまりに広範囲ですが、世界でも公衆衛生の基本的な領域として主に5つの分野があります。私が在籍する公衆衛生学研究科でも、疫学、生物統計学、保健行政?医療管理学、環境産業保健学、行動科学?健康教育学という5つの分野に集約して研究活動に取り組んでいます。こうした中で私は、社会で起こっている疾病の分布と健康を害する因子を明らかにし、これを予防することを目的とする疫学を中心に、その中でも健康の社会的決定要因について興味をもって研究をしています。この分野は社会疫学として知られ、非正規労働者を取り巻く働く人の健康について研究してきました。

働く人の健康は、産業衛生の制度で守られています。個人の健康管理や職場環境の改善などを通し、労働者、しいては社会全体の健康に寄与する幅広い分野です。日本では、職域に産業医をはじめとして専門職が務めていますが、私が注目するのは、健康の社会的決定要因としての、非正規雇用労働者などの健康です。不安定な立場で働くことがどのような状況下で健康を損なう傾向が高いのか。また、予防的な医療行為にアクセスできていないかなどを調査?分析し、解決方法を模索することがテーマです。対象となる疾患は、生活習慣病からメンタルヘルスにいたるまで広範囲におよびます。疾患と人びとの持つ因果関係を調べ、因果関係や関連があると認められた場合には、科学的根拠(エビデンス)として報告します。そのエビデンスをもとに、どうやって予防したらよいのか?どのような予防法や介入があるかを、現場やできれば国や地方の機関に提言して解決策を検討します。経済活動と生活が密接に連携する現代において、そして社会における労働力人口の多さからも産業衛生の課題は「社会の健康」に直結していると言えるでしょう。

産業衛生の課題。働く人の健康は社会の健康に通ず

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日本において非正規雇用者が急増したのは2000年以降。長期にわたる日本経済の低迷や派遣労働を広い職種に認めるなど規制の緩和が要因でした。この時は単に非正規雇用者の立場の弱さと格差が注目されただけでなく、正規雇用者にかかる負担が増加し長時間労働が深刻化するなど、多方面にわたる影響が出ました。近年では、2018年に働き方改革が掲げられ、雇用形態に応じた差別的な扱いを禁ずる法整備が行われました。その後、2020年からのコロナ禍を経て、在宅勤務はもとより、働き方はさらに多様化しています。オンライン上のクラウドサービスを活用し空いた時間に仕事を受けるクラウドワーカーや、ギグワークと呼ばれる雇用関係を結ばない単発?短時間労働者などが急増しました。しかし、こうした人びとに関する「健康」という産業衛生的支援は後手に回っています。今年に入って、政府もフリーランスで働く人の健康を守るという方針を出しましたが、単発で仕事をする労働者の健康をどのように継続して守る制度をつくるのかはこれからです。2023年、我々は、非正規雇用者やギグワークを含む、現在の多様な労働者に対するオンラインでの健康調査を実施しました。働き方による健康の違いを報告し、その関連する要因を挙げ、対策を提案したいと考えています。

そもそも日本ですべての働く人が本当に守られているのか?というと、そうでもありません。産業衛生に関する法律があり、常時50人以上の規模の職場には産業医を選定するという規定が存在します。産業医とは、医師の中でも、特に働く人の健康と安全について豊富な知識と経験を保持している方です。主に大きな企業などで活躍されていますが、日本では中小企業が圧倒的多数を占めることから、条件に合致しない企業が多いことになります。そのため、小さな事業所で働く人たちは、産業保健の恩恵を十分に受けにくい状況にあります。大企業で働く人は産業医を含む産業衛生の制度に守られていますが、従業員数の少ない企業で働く人や自営業の人たちは抜け落ちる傾向にあるのです。現在では、そこに上乗せするように非正規雇用が増え、新しいスタイルで働く人も増加の一途であり、状況が複雑化していくことが予想されます。したがって、一生のうちに働く時代を企業の産業衛生活動で守られ続ける人と、そうでない人が明確に分かれてしまっているのです。日本の雇用は流動的にかつ多様性を重視する方向に進んでいますが、日本の産業衛生制度はまだまだ20世紀のままと言っても過言ではありません。対応が急がれており、国の関連機関もさまざまなアクションを実行しています。しかし、本当に日本で働くすべての労働者に産業衛生の傘を整えるのには、とても労力、時間、コストがかかります。私たちはそこで、特に目の届きにくい、多様な働き方の労働者の健康について研究成果を示し、一石を投じたいと考えています。

取り残された人たちを救え

現代の労働環境に関して科学的に検証する場合、調査に限界があることも大きな課題です。たとえば、こんな経験があります。工場で働く正規社員と、期間工と呼ばれるある一定の期間だけ働く人の健康を比較するにしても、正規雇用者は長期間在籍されている方も多く追跡も数年単位で可能ですが、非正規雇用者は1年や2年で退職する場合も多く継続して追跡すること自体が容易ではありません。こうして、非正規雇用者の実態が産業衛生の網から外れてしまうのです。

もちろん、社会は手をこまねいているばかりではありません。中小企業のためには、地域にある地域産業保健センターを設置して活用する試みや、それを支える医師会の医師や看護職、小さな企業での産業衛生に取り組む専門家もおり、新たな萌芽が始まりつつあります。生産人口である人びとの健康は社会の活力そのものですから、社会全体で考えていこうとする機運が高まっていると感じます。他方、少子高齢化が急速に進む地方では、労働人口が減少の一途にある中、人材採用はますます重要な課題となりつつあります。若年層や多様な働き方をしたいと望む人にとって、産業衛生の恩恵を受けられない環境は大きなデメリットであり、就職先として選ばなくなる可能性もあるのではないでしょうか。それでも働く選択肢が限られていて不利な働き方を選ばざるをえない状況もあるかもしれません。

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「副業」という新しいトピックスも登場しました。当然、働く人の中には、こうした多様な働き方を、さらなるスキルアップや、収入拡大のチャンスととらえる人もいらっしゃいます。社会的にも、さまざまな知恵が活用される機会の増加は、生産性の増大につながっていくことでしょう。テクノロジーが進化し、多様性のある働き方が可能になることで、今まで働きたくても動きにくかった人が働けるようになるなどチャンスも増えています。だからこそ、良い面は活かしつつ、課題になる原因を追究し、産業衛生に対しての不安が障壁になるようなことにならないようにしたいと思っています。

公衆衛生の発想で社会を変える

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SDGsの観点でいえば、公衆衛生は社会の健全性に対する試みと言っていいでしょう。社会は一人ひとりの個人こそが担い手であり、広義には法人という人格も同様です。こうした各人格の健康が担保できなければ社会全体の健全性にはつながりません。公衆衛生を追求することは社会を理解することそのものであり世界共通の課題解決方法です。当然、日本での研究もまた世界に応用できます。今回お話した非正規雇用と働き方の多様化も、今は世界での課題になっています。

人は、健康に幸せに暮らすために働くのが理想だと思います。ですから、働くことで健康を害するというのは本末転倒です。また、人生の長い間にあって、働く時間は大変大きい時間を占めています。メンタルヘルスもそうですし、いくつもの疾患が、生活することで生じるストレスや、労働環境を要因としていることは大変憂慮すべきことです。そして原因の一端が”働くことにある”という現状を変えていくことが、私の研究の大きな目的の一つです。人びとの健康が多くの因果関係に紐づいており、この糸を一つひとつ把握し、どこからどこにつながっていて、どのような施策を取るとポジティブに変化するのか、ということを解き明かすことは困難を極めます。それでも、公衆衛生の専門家は、より源流にある原因をめざし、いかに社会を変えて人々を健康にするか。そこに挑んでいます。公衆衛生が広範囲なため、そして目立たないため、学問として捉え所のないものに感じられることが多いと思います。ですが、今回の新型コロナウイルス感染症への対応を見ておわかりの通り、公衆衛生は世界とつながり、医療だけでなく政治や経済、生活まで深くかかわるとてつもなくダイナミックな分野です。これだけ世界がつながった中で、人の健康と、「誰も取り残さないこと」を考えることは、SDGsのすべての項目がめざすところですし、実際世界中で解決方法が模索されています。働く人の健康を通して経済や社会を”診る”。新しい社会の可能性と健全性を向上させていく。公衆衛生という学問全体が新しい世界構築にどのように寄与できるか、研究者たちの挑戦が続いています。