- モビリティ?マネジメントから見える変革の鍵 -
帝京大学理工学部 情報電子工学科 講師 眞坂美江子?
1998年 長岡技術科学大学大学院工学研究科 修了。1998年から2009年まで、民間企業においてさまざまな研究に従事。2009年には阿南工業高等専門学校 建設システム工学科の研究員となる。2013年、徳島大学大学院 博士後期課程 修了。その後、小山工業高等専門学校の非常勤講師等を経て、2017年4月より帝京大学理工学部情報電子工学科に講師として赴任。
現在、モビリティ?マネジメントの研究に取り組んでいます。これは移動手段として過度に自動車に依存している状態から、さまざまな交通手段へ分散させていくことをテーマにした分野です。自動車が社会にもたらしている恩恵が巨大であることは疑う余地がありません。都市部と地方とで個人の利用に大きな違いはあるものの、社会全体でみれば通勤、物流、福祉にいたるまで必要不可欠な存在です。しかし自動車は、製造から使用にいたるどのプロセスでも二酸化炭素を排出しますし、渋滞による経済損失、交通事故といった点も無視できません。環境負荷の低減が欠かせなくなっている現代においては、徒歩、自転車、次世代型路面電車システム(LRT)、電動モビリティなどを利活用し、社会の持続可能性を高めることが重視されつつあります。また、交通弱者が社会的に苦しい立場に置かれるといったケースもあります。ご高齢で運転ができない、未成年で車を運転できないなど、車の利便性を享受できず社会的に弱い立場に置かれてしまう方がたを含めて、誰も取りこぼすことのない社会を実現していくことが重要なのです。
そのためには、一人ひとりが意識を変え、行動を変えていくことが求められます。
環境問題に関わる行動変容には、特に社会的ジレンマが大きく関与しています。なぜなら、環境は公共の資産であり、自分だけが環境に良い行動しても大した影響はなく、反対に自分だけがきちんと行動しても問題の解決にはつながらないと考えてしまうからです。よって、一人ひとりが自分の住んでいる地域や社会の課題を把握し、それを他人事ではなく、自分のこととして受け止め、解決のために自発的に行動をするよう、意識と行動を共に変えていく必要があるのです。
実際、こうしたアプローチによって人びとの行動が変わるということは、さまざまな研究を通してすでに明らかになっています。一方で自動車も、技術開発が進み、環境負荷がなく、さらに安全な存在になれるよう急速に進化しています。モビリティとユーザー双方の取り組みの結果、持続可能な人とモビリティの関係構築は十分に可能だと考えられます。
私がフォーカスしている研究テーマは、自動車に強く依存した生活をしている地域の人びとを対象とした交通行動分析です。一口に交通手段といっても、公共交通機関、自家用車、自転車、徒歩、タクシー、業務用車など人びとはさまざまな交通手段を利用しています。研究プロセスは地道な蓄積が重要です。まず日常生活に関するアンケートデータを収集し分析しながら、交通手段における意思決定のパターンを作っていきます。交通行動と日常生活というのは、一見関係がなさそうに感じますが、たとえば、どこに行くのか、何で行くのかを意思決定するうえで、その人が置かれている生活環境は、大きく関与しているのです。こうして収集したデータから傾向を分析し、まず、対象地域の人びとは、どのような理由で移動行動をしているのか、そしてなぜ、その交通手段を選択するのかを把握します。
対象者の意思決定過程が把握できたら、次に、行動変容が起きうるプランニングを構築します。人びとにこのプランニングを提供してみて、どのように行動変容が起こるかを分析していきます。
データ収集に協力していただくのは、さまざまな団体や企業です。特に企業は、通勤行動に対して高い関心を持っています。工業団地などにおける通勤時の渋滞は、近隣の居住者にとって大変な問題でもあり、企業としてはなんとか自動車の利用を控えてほしいという要望を持っています。そこで、自転車や徒歩などで通える環境を整備し、従業員に自身の健康について訴求することによって、自動車通勤以外の通勤手段にメリットを見出してもらい、行動変容を促したといった事例があります。このように、行動変容を起こすためには、かゆいところに手が届くような個人の心に刺さるアプローチが必要不可欠なのです。結果的に、一企業の問題ではなく地域全体のモビリティ環境構築が重要だという認識が育まれます。個人の行動解析が社会に深くつながっていることを日々実感しています。
私たちの研究は多分野とも深いかかわりがあります。一例として厚生労働省の事例をあげてみましょう。もとより健康については、古くから行動変容の研究が行われてきました。現代社会においては、平均寿命が伸びている一方で健康寿命が伸びていないというデータがあります。健康で長生きをするためにひとつは運動が重要ですが、それを伝えただけでは行動変容にまで至らない。むしろ「めんどくさい」「長続きしないから」といったマイナスの感情を生み出してしまう可能性もあります。そこで厚生労働省では、まず個人が自身の健康状態をしっかり把握し、将来的に要介護者になるかどうかの可能性を提示するような健康診断にシフトしています。そして、どのくらいの強度の運動ができるかを判断し、筋肉を動かしながら鍛えるためのプランニングを提示しています。ここにモビリティ?マネジメント研究を融合させることで、新たな知見が得られるようになってきます。
正確な現状分析と具体的な行動プランニングをセットにすると人の行動が変わります。私たちの研究分野は比較的歴史があり、世界中にあります。たとえばアメリカの大学が蓄積しているデータにアクセスすることもできますし、それを日本で実践し新しい結果につなげる研究も日々行われています。文明の利器である自動車は現代社会に溢れており、近現代最大の産業でもあります。潤沢な経済リソースを用いて、実社会での膨大な利用者の行動が蓄積されているため、モビリティ?マネジメントには現代社会に応用が効く普遍的な人間の行動意識を可視化するためのノウハウが蓄積されるようになったといえます。こうした知見が、他の分野に急速に応用されるようになったのです。
この行動変容を促すアプローチこそ、私たちがSDGsに貢献できるポイントだといえます。持続可能な世界の発展を考慮するということは、世界全体での行動変容が求められるからです。もちろん、国も違えば文化も異なりますが、モビリティ?マネジメントは地域ごと異なる特性に対応し続けてきた分野でもあります。気候変動が目の前の危機として起こっている現状は、人の行動変容がおきやすい環境であり、実際、具体的なプランニングとアクションが生まれています。すでにSDGsにおける行動変容はどんどん生まれ加速している状況です。
そうした中でも、特に人の行動変容に強い効果をもたらすテーマは「子ども」です。自分の子孫がどうなるのかについて、無関心でいられる方は少ない。同時に、子ども自身の認識をアップデートし、未来にわたる行動を変容させることも重要です。そこで私たちは、大学や小中学校と連携し、私たちの研究を小学校向けのプログラムに落とし込み子どもへの教育に展開する活動を続けています。課題もあります。行動変容における最大のライバルは、利便性が高まる社会そのものにあるといってもいいでしょう。現代の利便性になれた人びとが、あえて不便な社会にシフトするのはほとんど不可能だといっていい。したがって、「これからの未来を生きる人」の幼少期からの認識が重要であり、それと同時に大人が学習しながら行動変容し適応していくことが求められます。そもそも人は、危機に対して強い団結や行動変容を起こすことができる存在です。実際、コロナ禍でもそうした動きは世界中で起こりました。次世代を考え、行動を変容することに躊躇しない方がたも増えているように感じます。私たちには常に可能性がある。モビリティ?マネジメントを通して見えてくるのは、社会が持つ新しい未来の選択であると感じています。